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超積層吉野台


市原市西国吉のいわゆる吉野台団地にて空き家のお手入れ。一斉に生まれて一斉に老いるNo Futureが宿命のよくある限界集落ですが、kurosawa kawara-tenのホームでもあり、空き家をどんどん譲り受けて日々拡張し続けて巨大な「何か」を作ろうとしており、見方によっては市原市で最も実験的で刺激的な団地だと感じるところ。


周りは夜な夜なクツワムシの鳴き声なんかも聞こえる山林で、手が入らなければ庭は意外と面白い植生になる。写真は山の中ではありふれているイノコヅチとヤブラン。


お隣さんにかかるキンモクセイの枝などをガツーンと強剪定で午前中の作業は終了。


お昼、ちょいと電気を借りにハヤシハウスへ。ここはかつて林さんという方が営んでいた駄菓子屋だったそうな。市内のどこよりも建築について語られている場がこんなところという事実が面白い。ある時は千葉大建築学部の卒論の応用発表会→庭でどんぐりを燻して食べたり、現代の住宅における庭木の考え方についてWS含めてお話しさせてもらった事もありました。左官職人のあの都倉さんなどもちょくちょく来たり。深くて妥協のない世界。こういう建物、なくなってしまうと不思議とどんな建物だったか思い出せなくなるんですよね。


そのまんま、近所の赤道を探しに散歩。開けたところから見えるのは佐是〜牛久方面。


わかりづらいですが、道発見。突入。


つづら折りの意外としっかりした道。埋もれちゃってますが階段なんかもありました。


開いていたヤブランの花を一枚。


分岐、直進も気になりつつここは右へ。コンクリートの道がかろうじて見えます。


出てきたところ。住宅地のアスファルト道路との合流点。


こちらはわかりやすい道。手前に民家?と畑があり、この先は山林で道も分岐多数でした。ここは直進。


分岐場面色々。右右右と行って最後は直進。小さくぐるっと回りました。


近所の方の散歩道なのかな?と感じるぐらい結構踏まれていました。畳のへりとか、落ちてるゴミの様子も妙にストーリーを感じられて良い。


道中見かけたやたらと青光りしていたシダの仲間。見慣れないので調べると、コンテリクラマゴケという中国原産のシダらしいです。こんなところに民家があったかはわからないけど、庭に植えていたものからの逸出、もしくはここにかつてあった庭の名残でしょうか。


道路に出て振り返ったところ。写真右へ下ると谷津田へ至るようです。


寺谷(てらやつ)集落の分岐にある塚。右へ。


塚の上には子安観音と天満宮祠。草地にはツリガネニンジンがゆらゆら。


玉泉寺というお寺さんの裏手から団地へ戻る。ゆっくり歩いて40分ほどの良い道でした。


吉野台のストリートおよび吉野台ストア。どことなくわたくすの実家武田屋商店と似たバブル後期よろしくな町の酒屋フォルム。

 

団地の中で見かけたこんぴらさん。金刀比羅神社なんだけど、石にははっきり金毘羅大権現と彫られており、明治時代以前の神仏習合の名残がある。無かったことにされがちな歴史の一つ。誰も覚えていなければ歴史ではなくなる。


道路沿いのニレもバサッと。本来は伸び伸び育った方が美しい樹形となるのですが、このポジションはこれからも厳しい。芽がよく出る木なので思い切って根本から切り戻しても良いかもしれませんね。


大きめの枝葉のみを捌いて積んで、キリの良いところまで。細かいところの作業や刈った草の片付けなどはまた明日。


夜、五井のバーアストラムさん前で密かに催されていたフジオユウトのライブ配信にて、河島英五をオンライン合唱。行きたかったなぁ。


あっ!ここは!という、市原市民の琴線に触れそうなさよならを言おうとしてPV。